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院長挨拶

日本生命病院として新しくスタートしました

日本生命病院のホームページをご覧いただきましてありがとうございます。

当院は、平成30年4月30日に元大阪府庁跡地である「大阪市西区江之子島」に移転し、新たなスタートを切りました。新病院では病院名称を「日生病院」から「日本生命病院」に改め、これまでの診療機能に加え、地域医療、救急医療、女性医療、高齢社会を支える診療機能(認知症やロコモティブシンドロームなど)、健康長寿を目的とした高度予防医療(先制医療)などの診療をさらに推進するため、診療科と診療センターを増やし医療機器と診療設備を充実しました。新しい病院で、全職員が気持ちを新たに、医療人としていっそうの努力を積み重ねていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

わたしたちの活動の母体である日本生命済生会は大正13年(1924年)に設立されています。まだ国民皆保険制度もなくすべての人が平等に医療を受けることができなかった時代です。設立の目的は日本生命の社是である『共存共栄』『相互扶助』の精神を実践するために医療と福祉を通じて社会貢献を果たすことであり、『済生利民(人の生活といのちを救い、直接人のお役に立つこと)』を基本理念としています。

翌年には無料健康相談所を開設し、生活に困った人々に対して医師が診療をしながら健康指導を行うなどの取り組みを開始したほか、その年に発生した但馬・丹後地震では直後に救護班を結成し救護活動を行っています。医療技術が十分でなかった時代に、崇高な意志を持ち困難な目的に果敢に立ち向かった先達の行動力には畏敬の念を抱かざるを得ません。

昭和6年には、基本理念をさらに実現するため、府立大阪医科大学(現在の大阪大学医学部)学長・病院長であった楠本長三郎博士(後の大阪帝国大学第二代総長)の指導の下、名門緒方病院の土地建物を継承し、大阪市西区新町に日生病院を開院しました。以来、患者さま一人ひとりの生活や心を重視した医療と福祉活動を行ってきました。

当院はその長い歴史の中で時代と共に発展してきました。開院当初は内科・外科・理学的療法科(現在の放射線診療科)の3診療科でスタートしましたが、昭和31年には病院を増築し病床数も現在の350床に増やしています。昭和57年には大阪市西区立売堀に新築移転し、大阪西部地域の基幹病院としての役割を担ってきました。

新しく生まれ変わった日本生命病院は27の診療科と7つの診療センターで構成されています。平成28年より、腎臓内科、呼吸器外科、心臓血管外科、脳神経外科、形成再建外科、放射線治療科、リハビリテーション科、血液浄化(腎臓・透析)センター、脳機能センターを新設し、診療内容をこれまで以上に充実しています。また、手術室、救急診療室、集中治療室、内視鏡室、血液浄化室、リハビリテーション室、予防医学センターを拡大・増室したほか、被ばく量が少なく高速撮影が可能な320列CTを2台備え、3.0テスラMRIと心臓専用血管造影装置を増設し、PET-CT、手術支援ロボット(ダヴィンチ)、高精度放射線治療装置(True Beam)などを新しく導入しました。

さらに、新病院では医療にアートの要素を取り入れたホスピタルアートを提供できるよう、患者さまやご家族だけでなく多くの住民の皆さまにもここちよい環境(ホスピタルコリドー、イングリッシュガーデン、レストラン、カフェ・ベーカリー、コンビニ、絵画、コンサート、手作り教室など)を備えていますので、お気軽にご利用ください。

わたしたちは、設立後90年以上を経た今もなお、脈々と受け継がれてきた『済生利民』の精神にもとづいて、予防から治療・在宅まで一貫した最優の医療サービスを提供し、皆さまから愛され信頼されるよう努力していきます。皆さまにはこれからも当院に対しましていっそうのご支援とご鞭撻、ご助言を賜りますようお願い申し上げます。

平成30年5月
公益財団法人日本生命済生会日本生命病院
院⾧ 笠山宗正

院長 笠山宗正(かさやまそうじ)プロフィール
昭和55年大阪大学医学部卒業。昭和62年米国国立衛生研究所(NIH)に留学。平成元年より大阪大学医学部第三内科、同分子病態内科学講座准教授、大阪大学医学部附属病院内分泌・代謝内科病院教授を歴任。平成19年日生病院副院長兼総合内科部長を経て平成25年より日生病院院長。大阪大学医学部附属病院臨床教授。専門は内科(特に内分泌疾患・糖尿病)。