1. トップページ
  2. 当院について
  3. 沿革

沿革

大正13年7月
財団法人「日本生命済生会」設立
14年4月
健康相談所(無料診療所)を開設
大地震に救護班派遣
昭和5年6月
緒方病院の土地、建物を譲り受け(大阪市西区新町)
6年6月
日生病院(内科、外科、理学的診療科)開院
7年4月
看護婦養成所を設立
7年7月
産婦人科、小児科を新設
17年1月
耳鼻咽喉科を新設
22年1月
眼科新設(その後皮膚泌尿器科、歯科、整形外科新設)
22年4月
インターン制度の開始(第一期生9名受入れ)
23年9月
健康保険、労災保険病院の指定受ける
24年7月
結核病棟を設置(昭和48年8月、閉鎖)
30年12月
第二種社会福祉事業(無料低額診療)を開始
31年1月
日生病院、本館、別館につづき新館竣工(350床へ)
31年6月
健康精密検査室(人間ドック)を開設
32年8月
総合病院の認可受ける
33年4月
済生会組織、三部門体制へ(現行体制スタート)
33年10月
甲表採用、三基準認可
34年10月
神経科新設
35年4月
学校、准看護学院から高等看護学院(正看護婦養成)へ
36年6月
日本生命済生会労働組合の結成
40年8月
各診療科に部長制採用
42年10月
中央検査室を「臨床検査センター」へ拡大、充実
43年8月
第一回「社会福祉カウンセリング講座」開講
44年4月
冲中重雄氏(虎の門病院長)を顧問委嘱
45年9月
第一回「篤志解剖者慰霊祭」執行
46年4月
給与体系、退職金規定改正、60才定年制施行
47年4月
臨床研修指定病院の認定受ける
48年2月
「日生病院医学雑誌」第一巻第1号を刊行
48年3月
紀要「地域福祉研究」第一集刊
48年4月
放射線学会「専門医修練機関」認定
48年9月
病歴図書部を新設
48年10月
超音波検査部「超音波カラー診断装置」開発で機械振興会賞を受賞
49年7月
創立50周年記念式典、50年史の編纂(54年発刊)
51年1月
RI検査室を新設
53年3月
「(新)病院建築基本構想委員会」設置
53年4月
学校、高等看護学院から看護専門学校へ昇格
54年4月
医療事務をコンピュータ化
57年4月
新病院(現在地)の竣工、開院
58年3月
日本生命と第一回特別委員会(5カ年計画策定)
59年3月
全科で午後外来診療を開始
59年4月
社会事業局を福祉事業部に改組
60年4月
病理部を再設置
62年12月
HBS社(医療経営コンサルト)の診断を受ける
63年10月
横井先生、第5回世界超音波医学学術連合会議からパイオニア賞を受賞
平成元年2月
夕食を午後6時配膳
元年10月
専門外来(10科)開始
元年11月
自動再診受付機を設置
2年10月
学校、創立30周年記念式典
3年4月
4週6休制試行開始
3年10月
地域の「健康講座」に講師派遣
4年6月
外科、世界内視鏡外科学会で受賞
5年2月
「病院運営会議」を再開
5年4月
MRIの稼働開始
5年6月
全病棟「特Ⅲ類基準看護」の資格獲得
5年10月
内科、産婦人科、人間ドツクの外来領域リフォーム工事完成
6年3月
内科外来等で予約診療開始
6年7月
創立70周年記念式典、諸行事実施(7~11月)、70年史の編纂開始
6年10月
脳ドック検診開始
6年10月
新看護体系「2:1(A)」の承認
6年11月
無菌治療室設置、使用開始
7年2月
保温保冷配膳車導入
7年8月
日生医学賞・医学奨励賞創設、第一回表彰式実施
7年8月
山本前院長、和漢医薬学会から学会賞受賞
8年5月
総合案内・看護相談の試行実施
8年10月
「歯科口腔外科」標榜
9年2月
経営改善推進本部・部会の発足
9年3月
歯科臨床教育病院の新規指定
9年3月
疾病分類包括支払研究プロジェクト(医療経済研究機構)に選ばれ、参加(全国17モデル病院)
10年2月
「日生病院だより」創刊号発行
10年5月
総合診療科機能発足
10年7・8月
DRG/PPS分析結果報告会開催
10年11月
院外処方箋発行開始
10年11月
薬剤管理指導料全科算定認可
11年3月
医療材料院外SPD(物品管理システム)始動
11年7月
インフラ工事開始(12年4月:3階新病棟オープン)
12年3月
日生訪問看護ステーションを開設
12年4月
日生ケアプランセンター設置
13年4月
病院機能評価認定証取得
13年4月
「日生病院の理念」制定、「患者様の権利」院内掲示
13年6月
公開学術講演会開催(講師:北村国立循環器病センター総長)
13年7月
第一回日生病院病診連携フォーラム開催
14年1月
開放型病院資格取得
15年4月
医療安全対策室設置
15年4月
ニッセイ予防医学センター設置
16年2月
内科二次救急指定病院取得
17年3月
電子カルテシステム稼動
18年4月
血液・化学療法内科新設
18年7月
DPC導入(入院医療費)
19年2月
土曜日閉院 4週8休制開始
19年3月
7 対1 入院基本料算定開始
19年3月
日生看護専門学校閉校
19年11月
がん治療センター、低侵襲医療センター開設
20年4月
ニッセイ総合健診クリニックオープン
20年7月
生活習慣病センター開設
20年10月
乳腺外科新設
21年3月
第一回日生病院市民公開講座開催
21年4月
大阪府がん診療拠点病院に指定
22年8月
無料乳がん検診開始
23年4月
救急診療科新設
23年4月
消化器内視鏡センター開設
24年1月
厚生労働省より先進医療「腹腔鏡下子宮体がん根治手術」(産婦人科)が承認される
24年4月
公益財団法人へ移行
24年4月
地域医療総合窓口あったかサポートセンター開設
24年4月
生活習慣病センターから糖尿病センターへ組織名称変更
24年4月
厚生労働省より先進医療「前眼部三次元画像解析」(眼科)が承認される
24年8月
320列マルチスライスCT導入
25年4月
新病院新設準備室の新設
25年4月
ニッセイ予防医学センターにて「新健診システム」の導入
25年5月
厚生労働省より先進医療「腹腔鏡下仙骨膣固定術」(産婦人科)が承認される
25年12月
ニッセイ緑の財団との共催イベント「自然に学ぶ!自然に遊ぶ!健康キッズ」開催
26年1月
広報誌「日生病院あったかサポート通信『Saisei Rimin(済生利民)』」を発刊
26年1月
「金融コンシェルジュ」相談窓口開設
26年4月
病院業務改革推進本部、外来・病床運営管理部、女性骨盤底センター、救急診療センター、中央放射線部、事務管理部の新設
26年4月
糖尿病センターから糖尿病・内分泌センターへ組織名称変更
26年4月
日本産科婦人科内視鏡学会 施設認定
26年5月
新電子カルテシステムが全面稼働
26年6月
理学療法士による訪問リハビリテーションの開始
26年6月
外来診療室数拡大、午後診察の受付時間延長
26年7月
日本生命済生会 創立90周年。「90年小史」作成
26年8月
土曜日午前中の登録医からの診察・検査申込受付開始
26年9月
「ウィークエンド糖尿病精査入院」開始
26年12月
「日生病院地域医療NETWORK」の導入
27年1月
日本呼吸器内視鏡学会 施設認定
27年1月
医師事務作業補助体制加算を、75対1から40対1に引き上げ
27年4月
中央手術管理部新設
27年4月
日本精神神経学会 施設認定
28年1月
呼吸器外科新設
28年4月
耳鼻咽喉科から耳鼻咽喉・頭頸部外科へ、治験管理室から臨床研究管理室へ組織名称変更
28年5月
自動精算機導入
28年7月
腎臓内科、腎臓・透析センター、入退院支援センター新設
29年4月
形成再建外科、リハビリテーション科、放射線治療科、心臓血管外科、認知症疾患医療センター準備室の新設
放射線科から放射線診断科へ組織名称変更
29年12月
新病院竣工式
30年2月
地域医療支援病院の承認を受ける
30年4月
「日本生命病院」開設
脳神経外科、検査診断科、救急診療科、乾癬センター準備室の新設
消化器・一般外科から消化器外科へ、放射線診断科から放射線診断・IVR科へ、認知症疾患医療センター準備室から脳機能センターへ、腎臓・透析センターから血液浄化センターへ、総合健診クリニックニッセイ予防医学センターからニッセイ予防医学センターへ、日生訪問看護ステーションからニッセイ訪問看護ステーションへ、日生ケアプランセンターからニッセイケアプランセンターへ組織名称変更

日本生命済生会(日生病院)の歴史

日本生命本館内に事務所を設置して診療を開始。
(大正13年)

名門緒方病院の土地・建物を継承し、大阪市西区新町に日生病院を開院。
当初は24床で開始。(昭和6年)

大阪大空襲直後の病院。周辺被災者を全力で救援した。
(昭和20年)

増加する患者、高度な医療水準提供のため病院を増床。病床数は350床に。
(昭和31年)

大阪市西区立売堀に新築移転。
(昭和57年)

大阪市西区江之子島に新築移転。
病院名称を「日生病院」から「日本生命病院」に変更し、4月30日開院。
(平成30年)